平成二十七年度 出陣ねぶた
知事賞
最優秀制作者賞
つがる新田[しんでん] 信政公[のぶまさこう]水虎様[すいこさま]

 水虎様というのは神様になった河童[かっぱ]のことである。

 その昔、青森県の西に広がる津軽平野[つがるへいや]は沼地が多く、子どもたちの水難事故が相次いで 起こっていた。人々は河童が子どもたちを水に引きずり込んでいると信じていた。

 江戸時代になり、弘前藩[ひろさきはん]四代藩主、信政公の世。 信政公は豊かな国づくりをすべく、津軽平野を次々と新田開発をしていき、いまの五所川原市からつがる市木造[きづくり]のあたりが新田となった。 この業績から、信政公は元禄[げんろく]年間(1688−1704)に大名七傑のひとりに数えられ、 弘前藩の中興[ちゅうこう]英主[えいしゅ]とされる。

 田んぼと共にそこに住む人々も増え、津軽平野の新田地帯は百三十以上の新しい村ができた。 人口が多くなり、残された沼地や用水堰、小川の多いところでは、水難事故も増加の一途をたどった。 これを河童の仕業として恐れた人々は、河童を鎮めるために神格を与え、「水虎様」という水難除けの神様として祀ることにした。 水虎様信仰はつがる市木造の実相寺[じっそうじ]から始まったとされるが、津軽平野の水辺や道端、あちらこちらに水虎様は今も祀られている。

 河童といえば相撲[すもう]好きな妖怪として知られるが、信政公も大の相撲好きで観戦のため城の敷地内に相撲場を造ってしまうほどであった。 そして相撲は日本のずっと昔から、神様に感謝を捧げる神事である。

 軍配を握る行事は信政公。邪気[じゃき]を払う四股[しこ]を踏み、はっけよいと相撲を取るのは水虎様。 津軽平野の五穀豊穣[ごこくほうじょう]そして水難防止を祈願する大一番である。

 つがる市合併十周年を寿ぎ祝いの出陣である。

解説/竹浪 比呂夫