平成二十五年度 出陣ねぶた
商工会議所会頭賞
囃子賞
津軽野萩ノ台合戦 奮戦 安東堯季

 前九年の役にて 源 頼義[みなもとのよりよし]に滅ぼされた安倍貞任[あべのさだとう]が遺児、高星丸[たかあきまる]

 津軽へと落ち延び、藤崎[ふじさき](現・青森県藤崎町)に居を定めた。 以来、その子孫は代々「安東太郎」と称し、後に陸奥国津軽地方から出羽国秋田地方を支配した海の豪族、かの「安東水軍」の祖を興したと伝えられる。

 時は流れ、鎌倉は寛喜元年(一二二九)。当主、安東堯季[あんどうたかすえ]の世。

 日本海の玄関口たる十三湊[とさみなと]、その地を統治していた十三藤原氏と、一族の足固めのためこの重要拠点を手中に収めんとする安東氏の双方が萩ノ台[はぎのたい]にて激突。

 見事、堯季群は敵を散々に打ち破り、十三湊を支配下へ置くことに成功した。

 この一戦を機に、日本各地および大陸と交易を結び、強大な力を持つこととなった安東氏。

 天翔ける麒麟が如き破竹の勢いを以て、一族を隆盛へ導かんと進軍し続ける堯季の奮戦に、東日本の復興と繁栄を願うものである。

解説/竹浪 比呂夫