平成九年度 出陣ねぶた
 
「 秦の徐福と権現崎 」

 今から二千二百年程前、中国を統一した秦の始皇帝に[つか]えた方士[ほうし]徐福は、その命により不老不死の仙薬を求めることとなった。 徐福は、五穀の種子・百種の工人・若い男女三千人余を連れ、東海の蓬莱山[ほうらいさん]をめざして船出したのである。 船は風浪に[]い、対馬海流に乗って日本海を北上し、東日流[つがる]尾崎[おさき](現・北津軽郡小泊村)に漂着した。 結局、仙薬を見つけ出す事はできなかったが、この地に留り、多くの人々に農業・漁業・医療などの最先端技術を指導したという。 小泊村尾崎神社には、熊野大権現として祀られた徐福像が、現在では航海の神として秘蔵されている。 津軽半島に突起する断崖絶壁の神山・権現崎こそ蓬莱山だと上陸した秦の徐福。 その姿に、郷土の新たなる可能性の発見と豊かな発展を祈るものである。

 *方士[ほうし] … 不老長生術を行う呪術師・医薬・天文・その他諸学に通じた学者 神の力を持った人

解説/竹浪 魁龍